Column ・ 2026.06.04
第4回 グライダーの聖地でFLARMが義務化されていた
江副 浩 / ezoe.net ・ 2026年6月
この春、2026年4月にドイツを訪れる機会がありました。せっかくなので、グライダー乗りなら一度は行ってみたい場所――ワッサークッペ(Wasserkuppe)に足を運びました。ドイツ中部、レーン山地の頂にある、まさに滑空の聖地です。
1920年代、ここで動力なし(無動力)の世界記録が次々と打ち立てられ、近代グライダースポーツが産声を上げました。今も飛行学校が動き、博物館があり、緩い南斜面ではパラグライダーやハンググライダーが上がっています。山の上は、晴れた空と草地と、そして飛行機の匂いがしました。
入口の看板が、そう言っていた
南斜面(Südhang)の発射場へ歩いていくと、入口にこんな案内板が立っていました。ハンググライダー・パラグライダー向けの飛行ルールが整然とまとめられた、よくある掲示板です。地図、空域、緊急連絡先……と読み進めていって、最後の枠で目が留まりました。
右下、青い枠で囲われた一段。タイトルはこうです――「Funk- und FLARM-Pflicht」。直訳すれば「無線とFLARMの義務」。「Pflicht」はドイツ語で“義務”という、かなり強い言葉です。
つまり、ソアリングをして発射点より高く上がるなら、FLARMビーコンを積んでいなければ飛んではいけない、というルールです。しかもこれは曳航される動力機やグライダーの話ではなく、足で駆け出して飛ぶハンググライダー・パラグライダーにも課されている点が、私には衝撃でした。あの軽い翼にも、いまやFLARMが当たり前に求められている。聖地は、確かに一歩先を行っていました。
「義務」の正体 ― 法律か、ルールか
ここで少し冷静に整理します。あの看板の「Pflicht(義務)」は、国の電波法や航空法そのものではありません。発射場を管理する団体(飛行クラブ/運営団体)が定めた場のルールです。けれど、その場で飛ぶ以上は従わなければなりませんから、利用者にとっては実質的に“義務”と変わりません。
そして面白いのは、ヨーロッパではこの「法律ではないが、事実上の義務」という形が、あちこちで成立していることです。国が一律に法で縛るのではなく、連盟・主催者・運営者という現場のレイヤーが「無ければ飛ばせない」と決めていく。FLARMはそうやって、20年かけて空に広まってきました。
ヨーロッパ各国の状況
では、ワッサークッペだけが特別なのでしょうか。調べてみると、まったくそうではありませんでした。代表的なところを整理します。
| 国・地域 | 位置づけ | 内容 |
|---|---|---|
| フランス連盟義務 | 事実上の全機義務 | 2013年3月、フランス滑空連盟(FFVV)が、国内で使用する全てのグライダー・モーターグライダー・曳航機にFLARM携行を義務化。連盟ルールだが、実質ほぼ全機に及ぶ。 |
| ドイツ競技・現場 | 競技は必須/現場で義務化 | 国の競技規程(DAeC SWO)で、出場機は衝突警報装置(FLARMまたは互換)の装備が必須。さらにワッサークッペのように、発射場ごとに携行を義務づける運用が広がる。 |
| スイス(アルプス)推奨・普及 | ほぼ全機が装備 | 当局(FOCA)は強く推奨。アルプスの滑空機はほぼ全機がFLARMを搭載し、救助・軍用ヘリも利用。装備していないと“見えない機体”になる空気がある。 |
| オーストリア/イタリア/東欧普及 | 標準装備 | アルプス周辺は混雑空域ゆえ、FLARMが事実上の標準。クラブや競技単位で必須化されている例が多い。 |
注目したいのは、「国が法律で義務化」した例は意外に少ないことです。多くは連盟の規程、競技規則、発射場のローカルルールという形をとっています。それでも現場では「FLARMが無ければ飛べない/出られない」が当たり前になっている。これが“事実上の義務化”の正体です。
競技会では、世界的にもう標準
飛行場のルールから視野を広げて「競技会」を見ると、FLARMはヨーロッパに限らず世界的な標準装備になっています。
- ドイツ(DAeC):選手権の競技規程(SWO)で、出場機はFLARMまたは互換の衝突警報装置を装備していること、と明記。
- オーストラリア(GFA):GFA公認の競技会では、2007年からFLARMが必須。南半球でも早くから標準化が進んだ。
- アメリカ(SSA):米国ソアリング協会はADS-B OutよりFLARMを強く推奨。多くのコンテストやキャンプで装備が要件になっている。
日本は、ようやくスタート地点に
ここまで読んで、「では日本は?」と思われたはずです。正直に言えば、日本はまだこれからです。ですが、ようやく土台が整いました。
これまで日本でFLARMが広がらなかった最大の理由は、周波数の壁でした。欧州(868MHz)や北米(915MHz)の周波数は、日本では航空機に積んで合法的に使えなかったのです。これが、FLARM Japanの技適取得により、922.4MHz(ARIB STD-T108)で正規に使える道が開けました。あわせてOGN側のデコーダも日本対応に更新され、日本にリージョンコード7が割り当てられて、日本は正式にサポートされた地域になりました。
装置が合法的に積めるようになった以上、次に育てていくべきは「みんなが着ける」という文化です。ヨーロッパが20年かけて積み上げてきたものを、私たちはここから始められます。聖地の看板は、その未来予想図のようにも見えました。いつか日本の滑空場の入口にも、ごく当たり前に「FLARM推奨」の一文が並ぶ日が来るはずです。
空の安全は、足元から
遠いドイツの山の上で見た一枚の看板は、技術の話というより「文化」の話でした。FLARMは法律に追い立てられて広まったのではなく、乗り手たちが「お互いに見える状態でいよう」と選んできた結果として、いつのまにか“無ければ飛べない”ところまで来ていた。
日本でも、まずは一人ひとりが着けることから。次回は、その地上側――フライトサービス(FS)席でFLARM/OGNの機体をリアルタイムに表示する仕組みづくりについて、書いてみたいと思います。空の安全は、こうして少しずつ、皆で積み上げていくものだと思っています。
