Column ・ 2026.08.18
第12回 私の状態は、誰がどこまで見ているのか? ― FlarmNet登録とプライバシー(ステルスモード/ノートラッキングモード)
江副 浩 / ezoe.net ・ 2026年8月
「FEELDSCOPEの地図に、自分の機体がJA番号つきで映っていた。あれ、私はどこにも登録した覚えがないのに――誰がこの名前を出しているんだろう?」。そんな疑問をいただきました。とても良い問いです。裏返せば「私の位置と名前は、いま誰にどこまで見えているのか」という、プライバシーの話でもあるからです。
結論から言うと、FLARMの電波に載っているのはあなたのJA番号でも氏名でもなく、6桁の“識別番号”です。その番号を「JA01EZ・LS8・◯◯さん」と読み替えているのは、電波ではなくどこかにある名簿のほう。今回は、この名簿の正体(FlarmNet)から、地上で受けた電波がなぜ自動でネットに乗るのか、そして衝突防止は続けたまま、ネットへの共有だけを拒否するプライバシー/ステルスモードまで、順番にほどいていきます。
1|電波に載っているのは「名前」ではなく「番号」
まず大前提から。FLARMが1秒に何度も発している電波の中身には、あなたの登録記号(JA○○○○)も、氏名も、基本的には入っていません。機体を識別しているのは、6桁の16進数(例:DD8F12)――FLARMの世界でいう「識別番号(FLARM-ID)」です。公式のデータポート仕様では、この識別番号の種別が3つに分けられています。
| 種別 | 中身 | どんな機体か |
|---|---|---|
| 1|ICAO 24bit | 公式のICAO航空機アドレス | モードSトランスポンダやADS-B Outを積み、ICAOアドレスを設定した機体。番号から機体が引ける。※FLARM用にICAOアドレスを別途申請する必要はなく、モードS等をすでに搭載している場合のみ、そのICAOアドレスをFLARMが送信します。 |
| 2|FLARM固定ID | FLARMが機器ごとに割り当てた固定番号 | トランスポンダを積まない多くのグライダーの既定値。番号自体はあなたの素性を語らない“ただの番号”。 |
| 0|ランダムID | 毎回変わる匿名の番号 | 後述のステルスモード時などに使われる。追跡されないための姿。 |
多くのグライダーは種別2(FLARM固定ID)で飛んでいます。つまり空を飛んでいる間、あなたは周囲にとって「DD8F12という番号の何か」でしかありません。この番号だけでは、それがLS8なのか、誰の機体なのかは分からないのです。
2|番号を「あなた」に結びつけるのは、どこか
では、なぜ地図には「JA01EZ」と出るのか。答えは単純で、番号と機体名の対応表(名簿)を持っている誰かが、翻訳しているからです。DD8F12 → JA01EZ / LS8 / 江副 という変換表さえあれば、ただの番号は一気に「顔の見える機体」になります。
この“世界共通の名簿”が FlarmNet です。世界中のパイロットが、自分のFLARM識別番号に「登録記号・機種・コンテストナンバー・空港・周波数」などを結びつけて登録しておく、ボランティア運営のデータベース。各社のグライドコンピュータや地上受信網は、このFlarmNetのファイルを取り込んで、飛んでいる番号を機体名に翻訳しています。だから、あなたが直接どこかに入力しなくても、誰かが(あるいは過去のあなたが)FlarmNetに登録していれば、あなたの機体名が地図に出るわけです。
3|FlarmNetに登録すべきか ― 「固定設置」か「載せ替え」か
FlarmNet登録の要否は、あなたのFLARMが“機体に固定”か“いろんな機体に載せ替える”かで、きれいに分かれます。
なお、モードSトランスポンダを積んでICAOアドレスを設定している機体(識別番号=種別1)は、そもそも番号から機体が引けるため、FlarmNet登録の必要性は下がります。第7回「付けてからが本番」で触れた機体タイプ・ICAOアドレスの設定は、ここでも効いてきます。
4|地上で受けられると、位置は自動でネットに乗る
ここが今回の“気づき”の核心です。あなたのFLARMは、他機に向けて電波を出しているだけのつもりでも、地上のOGN受信局がその電波を拾うと、位置は自動的にインターネット側へ流れていきます。OGN(Open Glider Network)は世界中の受信局が集めたFLARM/ADS-Bのデータを共有する仕組みで、そこから Flightradar24 のような一般向けの追跡サイトへも配信されます。第5回「OGNについて」で紹介したネットワークの、いわば“出口”の話です。
「知らないうちにネットに出ていた」と感じるのは、この自動性のためです。とはいえ、これを止めるために衝突防止まで切ってしまっては本末転倒。そこでFLARMには、衝突防止はそのまま働かせながら、共有だけを拒否するための仕組みが用意されています。それが次の2つのモードです。
5|衝突防止はそのまま、共有だけ断る ― 2つのモード
混同されがちですが、目的も相手も違う別々の2つです。どちらも衝突警報の機能には一切影響しません。危険が迫れば、これまでどおり普通に鳴ります。
① ステルスモード(プライバシーモード)― 空の“他機”に対して
主に空を飛ぶ他機のディスプレイに対して、あなたの詳細情報を絞るモードです。もともとは競技で先行機に張り付かれないため(相手のFLARMデータを使ってサーマルや進路を読まれないため)に用意されました。公式仕様では、ステルス時の“見え方”は距離で3段階に変わります。
要は、安全に効く近距離ではきちんと見え、追尾に使われる遠距離では消えるという賢い絞り方です。ただし、周囲の状況認識(SA)は多少犠牲になるため、FLARM社は常用を積極推奨してはおらず、競技によってはステルスの一律ON/OFFがルールで定められることもあります。安全のため飛行中は切り替えできず、地上でのみ設定します。
② ノートラッキング ― 地上の“ネット”に対して
こちらは地上局・インターネット側に向けた意思表示です。電波の中に「私を記録・追跡しないでほしい」というフラグを立てて送ります。公式仕様の言葉では、ノートラック機の情報は「いかなる形でも保存してはならない(データベース化しない)。第三者のサーバへ渡す場合も、渡した先に同じ規則を守らせること」とされています。OGNのような仕組みはこのフラグを尊重し、あなたの位置を公開地図に出さず、Flightradar24などへも流しません。もちろん、こちらも衝突防止には影響なしです。
2つの違いを、ひと目で
| 観点 | ① ステルスモード | ② ノートラッキング |
|---|---|---|
| 主な相手 | 空の他機(ディスプレイ/PDA) | 地上局・ネット(OGN → 公開地図) |
| 何を絞る | 遠くからの一方的な“追尾”。遠距離は非表示、近距離は匿名&高度ぼかし、危険時のみフル表示 | ネット上での記録・公開・第三者転送そのもの |
| 衝突防止 | 影響なし(危険時は通常どおり警報) | 影響なし |
| おもな目的 | 競技で先行機に張り付かれない | 自分の航跡を公開地図に出さない |
| 副作用 | 周囲の状況認識(SA)がやや落ちる。競技で規定されることも | 地上網に出ない=回収・見学などの恩恵も減る |
| 飛行中の変更 | 不可(地上でのみ) | 設定として保持 |
6|設定のしかた
いずれもFLARM Hub(アプリ、または http://10.10.10.10/)の設定から行うのが基本です。上級者向けに、設定ファイル/コマンドの名前も挙げておきます。
- FLARM Hubを開くスマホのFLARM Hubアプリでデバイスにつなぐ(第9回のペアリング参照)。
- プライバシー系の設定へ設定の中の「プライバシー」「ステルス」「トラッキング」に相当する項目を開く。
- 目的のモードをONネット非公開だけならノートラッキングを、競技用に追尾対策までするならステルスをON。
- 保存して再確認設定後、ステータス画面でエラーがないことを確認。ステルスは飛行中に変えられないので、離陸前に決めておく。
$PFLAC,S,PRIV,1、ノートラッキング=$PFLAC,S,NOTRACK,1(0で解除)。FLARM Hubのトグルは、内部的にこれらを書き換えています。表示名は機種・ファーム・アプリの版で異なることがあります。7|FEELDSCOPEは「手元の名簿」で解決する ― FlarmNet登録は不要
ここで、フライトサービス支援アプリ FEELDSCOPE のつくりを紹介します。FEELDSCOPEは、FlarmNet(世界共通の名簿)に頼らず、その滑空場のローカルで、FLARM識別番号と表示情報を自分たちで結びつける方式にしています。だからFlarmNetへの登録は要りません。載せ替え運用が多いクラブ機の実態に、こちらのほうが素直に合うからです。
上の例では、識別番号 SIMJA01EZ に「グライダー/モーターグライダー・LS8・JA01EZ・CN=E1・SATA」を、SIMJA4087 に「曳航機・PIPER・JA4087・Sekiyado」を割り当てています。この“手元の名簿”があるおかげで、地図上ではただの番号ではなく、次のように機種・登録番号・CN・パイロット名まで添えて表示されます。
8|それでも位置は「消えて」いない ― 遭難・捜索と情報開示
最後に、安全のうえで大切な一点を。ノートラッキングやステルスをONにしても、それは「公開しない・表示しない」だけで、あなたの電波が消えるわけではありません。地上局は物理的にはあなたの信号を受信し続けています。だからこそ――
FEELDSCOPEのようなローカル運用のシステムでは、その滑空場の運用者が受信データを保持するため、こうした捜索協力は現実的に機能します。プライバシーを守りつつ、安全網は残す――設計思想としては、この“見せないが、消さない”のバランスが肝心です。
まとめ ― 「番号」と「名簿」を分けて考える
今回の要点は、たったひとつに集約できます。電波に載っているのは番号、名前を与えているのは名簿。この分離が分かると、プライバシーの話は一気に見通しがよくなります。
- 空を飛ぶあなたは、既定では6桁の識別番号。JA番号や氏名は電波の主役ではない。
- その番号を機体名に変える名簿が、世界共通のFlarmNetと、手元のFEELDSCOPE。固定設置ならFlarmNet登録、載せ替えなら手元の名簿。
- 地上で受けられると位置は自動でネットに乗る。止めたいときは、衝突防止はそのままに、ノートラッキング(ネット非公開)/ステルス(他機の追尾対策)。
- それでも位置は消えていない。遭難時には最後の手がかりとして、正当な要請に応じて開示され得る。
